★私の記憶★模型の記憶 三歳のときだったと思う。 当時は荒川区町屋に住んでいた。 日本機の飛行機のプラモデルを作っていて主翼のフラップが可動式なのだが、ペロンと下がってしまいうまく可動しない。 私は接着剤をつけ粘度がある状態で可動させると角度が自在にできる状態に喜びを感じ何か嬉しかった。 接着剤が固まれば動かなくなってしまうのだが、固まるまでは自在に角度を変えることができる、それだけで満足していた。 嬉しくて嬉しくてもう一機作りたくなってしまった。 貯金の数百円を握り締め、付近のおもちゃ屋に走った。 1/72スケールぐらいの飛行機のプラモデルを買った。当時100円ぐらいだったと思う。 店主が親切な人で子供目線まで腰を下げてくれて「お包みしましょうか」と丁寧に接客してくれる。 帰ってすぐ作ったかどうかは忘れたが、もの作りの楽しさ面白さを初めて味わった思い出だったと思う。 ★葉っぱのお家(おうち) 三歳くらいのころ父と千葉の漁港に釣りに行ったときのこと。 防波堤の下に陸地が見えている所に、防波堤に固定された鉄のハシゴを降りて父と釣りをした。 釣り好きの父はよく私を釣りに連れて行ってくれた。 まだあまり釣りを経験していなかった私は、ビクビクという感触に竿を上げると魚が釣れた!当時何の魚か分からない私にはフナのような記憶があるが海にフナはいない、別の種類の魚だろう。 吊り上げた魚は父の腹辺りにぶつかり父が針から外してくれた。 昼食を食べるとき雑草が生えている所を均して平らにして座れる場所を作った。 父が言ったか私が言ったか忘れたが、「葉っぱのおうち」と呼んだ。 釣りを終え防波堤を父と歩いて帰路につくと遠くで漁師さんが、 「釣れたか!」と声をかけてくれた。 後日、父とその日のことを話すときは「葉っぱのおうち」に行ったときのことと言った。 TOPヘ ジャンル別一覧
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